昨夜泊まった「かんぽの宿」はWiFiが使えずブログ更新が出来なかったので、駆け足で
2日分を金刀比羅温泉でアップしている。
26日は 新居浜からは一般道を走り、沿線の直売所を訪ね歩くのが楽しみだ。
この季節ミカンはとイチゴが抜群に美味しい。
65番三角寺からのルートは、今回徳島側から向かってみた。
2周目の時に池田町にある別格寺の箸蔵寺から向かったら、狭い林道の様な道を使い始
めたタブレットが指示して向かったが、今回は若干調べてロープウェイを使わず66番
札所雲辺寺に向かった。
眼下に見える池田町方面は山に囲まれているが、何かのどかさを感じる。
この山の向側の祖谷渓は外国からの旅行客に大変な人気らしいが、こうした景観を守る
人が日本中で居なくなりつつある。
同じ山間部に住む者として色々考えさせられる。
雲辺寺はこれまでと違って裏側から登ったが、最近整備されたらしく道のコンクリート
が新しかった。
しかし境内までは500m歩かなければならない。
膝が痛い身には少々辛かった。
境内に続く道には、香川県と徳島県堺がある。 雲辺寺は香川県のお寺になっているが
参道には五百羅漢が延々と並べてある。
やっと山門に着いたが、手水もトイレも節水で使えなかった。
次の67番札所までの道は途中から2t車以上は通行出来ない県道だった。
こんな狭い道だが、道路は通行量が多いようで落石等殆ど無く、すれ違いを心配しなが
ら走ったが結局1台も会わなかった。
2周目の時もこの道だったのか?
ナビは最新に更新しているが、初めて道路以外の道を走っている。
向かいに見える山を越えて香川県に降りて来たが、地元の人の生活道路ではない様なの
で、道を使うのは車遍路の為か?
遅い昼食は香川県に入って最初に見つけた店がやっぱりうどん店
肉うどんを頂いた。
店を出ると店から追いかけてきて「お遍路さんですね。お接待させて下さい」といなり
を頂いた。
丁寧にお礼を言って 感謝!!感謝!!で頂いた。
途中不思議な道の駅に!
道路標識はあるが??? よ~く見回したら「あった」が・・・・
大平正芳記念館が後で「道の駅」に指定されたのか?
このお寺はコンクリート。 味もすっぽも無い。
いつ来ても違和感を覚える。 寺院は木造であって欲しいな~。
26日の宿泊は「かんぽの宿」を取ったが、WiFiはやっぱり使えないらしい。
温泉は現在改装中で、1か所を時間を区切って男女交互だった。
夕食は美味しく。 1の膳
2の膳 で出てきた。
今日27日は五重の塔の改築が終わった、本山寺から巡拝した。
次の弥谷寺は、石段の坂
山門からも石段
更に 鉄の階段108段
本堂前の又石段
石段!
本堂から見る観音寺市街
最後の本堂前の石段!
この方はお経は読まず、お賽銭のみ歩き方も早い。
今日が1番札所から、2日トラブルで歩けず40日目とか
次の曼陀羅寺に参拝したら、外国の若者が3名菅嵩と白衣を着て参拝」している。
言葉はプーチンさんの様なロシア語? らしき会話をしている。
彼らはお寺のそこら辺の仏像を見て、本堂や太子堂には行かずに、何となく歩いて次の
お寺に向かった。
そこに先程お寺で会った歩き遍路の方がやって来た!!
車で7Km。歩きは4Km。それにしても早い!! と驚くと「そんなもんですよ!」と。
境内の枝垂桜が映えている。
善通寺手前で飛び込みのうどん店で昼食。
店内は力士の手形や写真が多数あり、香川県出身力士の後援会の方だった。
昼定食を頂いたが美味!!
今日も外れがなかった。
今回最後の善通寺へ。
明治29年に巡拝を始めたお寺で、納経書を見て貰って事情を説明したら、最初と1周
1年前に来た時は若い女性で「75番善通寺」と御朱印を貰ったが違うらしい。
今回出発前に、用紙を追加して表紙は高野山の奥の院の御朱印を記す為に作り直してお
り、丁度上手く収まる様になった。
これで明治29年に巡拝していた四国95か所のお寺は全て巡拝し終えたので、改めてお礼
をして善通寺を後にした。
後は明治29年には巡拝出来なかっただろう高野山を後日巡拝報告して、123年掛かって
「真の結願」とする事にしようと思う。